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テーマ「平和のために今できること」 | |||||||||
たくさんのご応募をいただき、ありがとうございました。高校生部門は高田陽奈子さん、学生・社会人部門は高坂千紗さんが受賞されました。受賞作品を以下に発表いたします。 |
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| 高校生部門 石川県 金沢大学教育学部附属高等学校1年 高田 陽奈子さん 「家族にとって一番大切だと思うことを書くんだよー」 ――― 十年前の七月。そう言って父は私と母に七夕の短冊を手渡した。既に笹につるしてある父の短冊には、堂々とした文字が四つ。世界平和・・・。「世界中が平和になりますように。」と父。まだ六歳だった私には、なぜそれが私たち家族にとって一番大切なのか、全く理解できなかった。しかし「世界平和」はその日から、はっきりと私の人生のキーワードになった。 そして私は「平和」への思いから、多くのボランティア活動に参加するようになった。災害への資金援助活動、ユニセフへの募金集めや古着の回収、チャリティーバザーに参加したりと、自分にできることを一つ一つやってきた。しかし、活動を終えるたびに達成感の奥底に残る、どこかすっきりしない気持ち。「確かに私たちの活動は、世界の誰かの助けにはなっている。けれども、それが直接世界平和の実現へとつながっているのだろうか。」 近年、世界は激動している。テロや紛争、国際間での争い、そして年々拡大していると言われる、地域による貧富の差・・・。そんなある日、私がアメリカの新聞を英語に苦労しながら読んでいると、日本の、新潟県での地震の写真が大きく出ていた。そして、至る所に日本の、私にとっては身近な記事が載っている。私はハッとした。「世界」は、目の前にあった。自分も「世界」の一部だったのだ。ここに、父の願った「世界平和」の意味はあったのだ。世界には、何十億人もの人がいて、一人ひとりが世界をつくっており、世界は私たち全てと深くつながっている。その一人一人の幸せこそが世界平和なのだろう。 では、真の「平和」を実現させるために、今、私は何をすれば良いのか。 今、私は飢えに苦しむ人々のために、募金をすることはできる。しかし、なぜ飢えがなくならないのか、そしてその解決策は何もわかっていない。 今、私は学校に行けない子どもたちのために文房具を送ることはできる。しかし、直接彼らに何かを教えてあげることはできない。 今、私は貧しい子どもたちに医療品を送るためのチャリティーバザーに参加することはできる。しかし、実際に私が現地で医療を施すことはできない。 今、私はわからないこと、できないこと、そればかりでいっぱいだ。勉強しなくては。今、私は勉強しなくては。知識を得なくては。理解しなければ。話を聞かなければ。学ばなければ。 私は今、本を読む。私は今、耳を傾ける。私は今、世界情勢や各国の政治、経済をどんどん学ぶ。私は今、第三言語を習う。そうして私の将来の夢は決まった。 「平和のために働く『核』になる」 平和のために、私にできること。それは、今、とことん学ぶこと。 学生・社会人部門 神奈川県 横浜国立大学3年 高坂 千紗さん 私がこのテーマに関して書こうとした時、あまりにも大きなテーマに筆が進まなかった。平和のために私たちができることは、その行動で見たら取るに足らないものなのだろう。しかし、それが私一人の行動でなく、大勢の人の行動になれば、それは平和を実現するための大きな波になるかもしれない、私はまずそう思った。私たちが今一番しなくてはならないこと、そして誰にでもできる平和への貢献は、「自分には何が平和のために出来るか」という今回のテーマを考えてみることなのではないだろうか。 日本には戦争はなく毎日布団で睡眠をとれ毎日おいしい食事が不自由なくできる社会だ。日々の生活で命の危険に常にさらされることはない。それと同時に「平和」を意識して生活している人もいない。一方世界に目を向けてみれば毎日戦争や貧困、飢餓のために、命の危険にさらされている人々が多くいる。平和でない状況が当たり前の社会で生きている人々が存在する。もちろん日本人は、世界にこのような境遇に生活している人々が多くいることを情報化の時代の中で知っているだろう。しかし日本人にとって世界で飢餓や貧困、戦争で命の危険にさらされている人が存在することを遠い次元で起きていることであると無意識のうちに思い、客観視しすぎていると感じる。日本だけではない。先進国といわれる発展を遂げた国の国民は大体そうだ。私も無意識にそのような意識を持って生活していた。大学で様々な国の状況や、実際にそのような国に行った先生の話を聞き、それを強く認識させられた。 情報を得る媒体が、テレビや、本などの文字媒体であれば、私の目に届くまでに様々な人の手に渡り、多少脚色されて情報が発信され私たちはそれを受け取る。どうしても普段の生活の中でダイレクトに伝わってこない。同じ地球の上に生まれたはずなのに、生れた場所の違いでここまで生活が異なる現状。このことに関して思いをめぐらすことは、日常生活でほとんどない。このような状況にある日本人だからこそ、まずこの日本社会が平和だと認識し、世界の平和のために何が出来るかを考える必要性がある。その上で他の国を見る必要性がある。観光で先進国に行くのではなくてその先進国の周辺にある多くの国々を実際に見て、感じること、そして多くの国の文化に触れることが必要だ。戦地に行く必要性はない。ただ、多くの国の人たちと出会い、世界をもっと身近に感じることが私たちにとって平和のためにまずすべきことだ。 その最初の一歩を踏み出した時、平和の為に小さいことから始めようという意識が芽生える。ホワイトバンドを買うことで支援をしてもよい。海外の子供たちに勉強を教えるボランティアに行くでもよい。各々の小さな行動が大きな平和を作っていく。まずは世界を知り、見て、触れる。これが大切だと思う。 |
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